INTERVIEW インタビュー
レジェンド声優にこれだけは聞いておきたい!
羽佐間道夫さんvol.4 レジェンドが語る学びの極意とアニメの未来
若手との協調こそが自らの学びとなる。
レジェンド・羽佐間道夫が見つめるアニメ産業と声優の未来。
声優口演の始まりに野沢雅子との出会いあり
諏訪道彦さん(以下、諏訪) : 第3回までの記事では、レジェンド声優・羽佐間道夫さんが役者になられるまでのことから、海外ドラマの吹替、アニメ、ナレーションなど、現在に至るまでのお仕事についてなど、過去から現在に至るまで幅広くお話を伺ってきました。最終回となる今回は、業界の未来に向けたお言葉をいただければと思います。
羽佐間さんは声優事務所もお持ちですし(株式会社ムーブマン相談役)、ご自身が主宰されている映画の生吹き替え「声優口演」(https://www.seiyu-kouen.jp/)には若手声優も積極的に登用されていて、後輩たちをしっかり見られている印象です。
そこでまずは、声優口演という新しいスタイルの表現活動を始められたきっかけについて教えてください。
※「声優口演」とは、2006年に洋画吹き替え50周年企画の一環として声優・羽佐間道夫の呼びかけによってスタートしたイベント。無声映画の名作をベテランから若手まで幅広い声優が生で吹き替え、一流ミュージシャンが生で演奏する画期的なライブイベントとして毎年各地で開催されてきました。一切のセリフ間違いやタイミングのずれが許されないまさに「真剣勝負」。
羽佐間道夫さん(以下、羽佐間) : 僕は弁士が好きだったんですよ。弁士というのは映画にまだ声が付いていない無声映画の時代にスクリーンの横に立ってシーンの説明をする人のことなんですが、「東山三十六峰、草木も眠る丑三つ時に……」などというセリフの台本は、各弁士が自分で作ってくるものだったんです。
諏訪 : 少し前に弁士をテーマにした映画(『カツベン』!)もありましたね。
羽佐間 : そういった弁士の仕事を興味深く見ているうちに、自分の仕事と近いようで遠いな、と思うようになりました。
諏訪 : それはどういうことですか?
羽佐間 : 弁士のセリフは、映画の内容を第三者の視点で語ったもので、先ほどの「東山三十六峰……」のセリフであれば、そのシーンの情景を描写しているわけです。一方で、チャップリンは無声映画の中であっても喋っているシーンはあって、それを自分が成り代わって喋ったとすれば、それは自分が普段やってる吹替と同じじゃないか? と思ったんです。
諏訪 : スクリーンの傍らに立って登場人物として演じれば、弁士とはまた違ったものになる。それが声優口演のスタイルになったんですね。この活動はいつから始められたんでしょうか?
羽佐間 : 声優口演という形で本格的に始めたのは15年くらい前ですが、そもそもは20年ほど前かな。最初はある映画館の親父に「やってくださいよ」と言われて、長野の善光寺の隣の小さな市民館に野沢雅子を連れて2人で行って、10人くらいのお客の前でやりましたよ。当時はチャップリンではなく日本の無声映画でしたけどね。それが無声映画への初めての生吹替でした。……よく考えたら、無声映画には元々声が無いんだから、吹き“替え”じゃないよね(笑)。吹き“入れ”かな? 善光寺の前に有名な七味屋があるんだけど、それを帰りに野沢マコに買って「これでピリッとしなよ」とか言いながら上野駅まで帰ってきたのを覚えていますよ。それが一番最初です。
諏訪 : 野沢さんと2人のショーですか、それは豪華ですね。野沢さんとはどういう接点があったんでしょう?
羽佐間 : マコちゃんとはその前にとある実写映画に夫婦役で出たことがあって、それが彼女との出会いですね。福島の営林署(森林管理署)の役人の話です。
諏訪 : それは声優としてではなく、顔出しの俳優として?
羽佐間 : そう。オートバイの後ろにマコちゃんを乗せて一緒に山林を走ってる役で、1年以上一緒に撮影をしていたんだけど、ある時崖っぷちでバーッと転んじゃって。彼女も転んで全身擦っちゃったんだけども「大丈夫よ大丈夫。ミッキー(※羽佐間さんの愛称)、何ともないからね」って言うんだよ。明らかに怪我をしてるのは分かってるんだよ。でもそんなことは顔に出さずに「大丈夫よ」って。すごい人だな、と。この時そう思ったことが、彼女と一緒に何かやりたいと思った最初のきっかけかな。
表現者として学ぶことの多い、チャップリンの魅力
諏訪 : 声優口演は、既存の無声映画を単にリメイクしたりして新しくするのではなく、そこに声をあてるという新しいスタイルを確立されていて、とてもチャレンジ精神を感じました。
羽佐間 : もう慣れましたけど、最初はセリフから作ってたから大変でしたね。大野さん(※大野裕之、日本チャップリン協会会長・脚本家)と一緒にパソコンで「あなたの考えは古い」「あなたの考えてることは分からない」ってやり合いながらね(笑)。
映画のシーンの長さは既に決まっているわけだから、それに合う長さのセリフにしないと収まらない。「大野さんの仰ることは正しいんだろうけども、それじゃ尺に合わないでしょ!」なんて葛藤もあってね。でも、本当にいい人に巡り合えたなと思います。チャップリンについて、大野さんはとにかくよく知ってる。よく知ってるからこそ「そこのセリフは違う!」となるんだ(笑)。
諏訪 : なるほど、研究する人と演じる人の立場の違いですね(笑)。
羽佐間 : 本業は演出家、劇作家なんだよ。歌舞伎もやってるし映画もやってるしジャニーズの舞台もやったりしてる。すごい人だよ。
諏訪 : 冒頭で無声映画の弁士は台本も自分で用意されていた、という話をされていましたが、羽佐間さんも役者でありながら声優口演で同じようにセリフ作りをされたんですね。いやあ、非常にチャレンジャーだと思います。
羽佐間 : チャレンジという意味ではね、僕は、三大喜劇王ハロルド・ロイド、バスター・キートン、そしてチャールズ・チャップリン、これらを全部やりたいというのが夢だったんです。結局全部やりましたけども、やっぱり彼らの作品は優れたものが多い。あの時代に柔軟な体で表現ができるこの3人のような役者はまずいないな、と思います。
日本の俳優や声優にも大きな影響を受けている人はいますよね。益田喜頓(ますだ・きいとん)はバスター・キートンだし、茶風林(ちゃふうりん)はチャップリンでしょ? でもなかなかあれを超えるのは難しいんじゃないかな。
諏訪 : 羽佐間さんの喜劇王へのリスペクトを反映して、声優口演ではチャップリンの映画を使われているんですね。今後はどういった展開をお考えなのでしょうか?
羽佐間 : これからもし誰かが継いでくれるんだとしたら、山寺(宏一)がキャスティングなんかは得意だから、お願いしたいんだよね。声優口演はパテント(商標)を取ってあるので、他ではできないんです。だから声優口演を続けてくれる人を育てるのが次の課題かな。
諏訪 : 確かに、山寺さんであれば正統後継者にふさわしいですね。
羽佐間 : 彼の右に出るものはそういないよね。彼か、若本(若規夫)なんかがやってくれればいいなと思ってるんですけどね。
諏訪 : 羽佐間さんご自身については、今後どんなビジョンをお持ちなんでしょう?
羽佐間 : 僕自身は今年90歳になりますから、足腰を丈夫にして僕より20歳くらい若い人と同じテンポで歩けるように、ということを意識しています。医者にも「羽佐間さん、あなた自分の年齢を書いていつも見てなさい!」「体が若返ることはないんだよ、気付きなさいそういうことに!」「自分をかばうってことをもうちょっとしなさい!」と言われましてね(笑)。
諏訪 : そのお医者さんももうちょっと他に言いようがあるんじゃないかと思いますけどね(笑)。
羽佐間 : 「おしっこが近い」「当たり前でしょ!」ってね(笑)。口もだんだん回らなくなってくるよね。最後まで粘る人もいれば、スパッと引退する人もいるけど、聞く側はちゃんとした声を聞きたいだろうから、その頃合いがそろそろ来てるかな、と感じるね。
諏訪 : 正直、お話を聞いていて引退しなきゃいけないような限界はあまり感じないですけどね。
羽佐間 : そう?(笑)
諏訪 : 人を笑わせられる余裕を感じますから。羽佐間さんといるといつも楽しくてしょうがないです。
羽佐間 : 確かに、難しいやつになっちゃいけないよね。70くらいなのにもう90くらいの態度でブツクサ言ってるやつもいる。そういう連中は集めて教育しないといけないね(笑)。ユニークな生き方で、人を喜ばせたり笑わせたりできるといいな、と思いますね。
「若い人から学ぶ」というスタンス
諏訪 : ここからは、これからの業界を担う若手へのメッセージを伺いたいと思います。若い世代にこれだけは伝えておきたい、ということはありますでしょうか?
羽佐間 : うーん……(少し考えてから)これは弦ちゃんの話なんだけど。
諏訪 : 弦ちゃんとは、ショーン・コネリーの吹替などで有名な、若山弦蔵さんのことですね。羽佐間さんと同じくレジェンド的声優でいらっしゃいましたね。
羽佐間 : 弦ちゃんはね、若い人に「芝居もできないくせにバカヤロウ」みたいな憎まれ口をしょっちゅう言うんだよ(笑)。「弦ちゃん、それは違うよ。やっぱり若い人から学ばなきゃ。結構いいセンス持ってる人いるよ」「バカヤロウ」なんて言い合ってたんだけど、そのまま死んじゃった。もしあの人がそのことに気付いていたら、もう一歩上に行けたんじゃないか。
諏訪 : 声優のトップまで上り詰めた方だと思いますが、まだその上があったと?
羽佐間 : 貴重な人ですよ? あんな声は。でも、若い人たちから今の芸能というものをちゃんと学んでいれば、もっとすごかったはずなのになあ……才能を持っているのに惜しいなあ、と思っちゃうんだよね。 今、声優口演の舞台で若い人と一緒に並んでいても「なるほどなあ、こういうところでこういうことをするのか」という発見がいっぱいある。彼らは新しい何かをしようとしてる。しようとしてるんだけど板についてないから、ちょっと外れていっちゃうことがあるんだよね。でもそれはいずれいいものにできるはずなんです。 これからは山ちゃん(山寺宏一)みたいに自己開発して何かを作っていく人がどんどん出てくると思うんです。(東京ヤクルトスワローズの)村上選手が(王貞治の)55本ホーマーを超えたように、若い人はこれまでのやり方を超えていこうとしている。だから若い人から学ぶことは絶対にある。それを上からダメだなんて言ったら、若い人が伸びないのと同時に、自分の評価だって下がるよ。
諏訪 : 若い人へ向けたメッセージをいただきたいと思っていたのですが、こういう仕事をやっている人であれば若かろうがそうでなかろうが、誰にでも共通するお話ですね。
羽佐間 : 若い人へ向けたメッセージはたくさんありますけど、逆に教わることも多い。むしろ、教わることの方が多い。そういう認識でないと若い人と話ができない。弦ちゃんは壁を作っちゃうからね。仙人みたいな人だったんだけどね。
諏訪 : 仙人になってしまうと、それより上がいないから学ぶ相手がいないんですね。
羽佐間 : いないんだよ。下に降りてって一緒に肩を揉んだりなんかし合ってないと、通じないよ。と、僕はそう思っています。僕は山ちゃんから教わることも随分ありますし、盗むところは盗んでます(笑)。
若本規夫の隠れた努力とは?
諏訪 : 声優口演には、山寺さんをはじめとして若手からベテランまですごい人が大勢出演されていますが、他に印象的だったキャストといえば?
羽佐間 : 非常に顕著なのは若本ですよね。最初に彼を引っ張ってってチャップリンを演じてもらった時、「えっ!」と思いましたよ。いつも極端な芝居をしてますけどああいう感じじゃなくて、すごく優しい声でね。それで今回の声優口演では映画が始まる前の前口上をやってもらったの。そしたらまた何言ってんだか分からないようなひねった芝居をして(笑)。
諏訪 : いやいや分かりましたよ!(笑)若本さんの生アフレコ、面白かったです。
羽佐間 : あれだって随分たくさんの大道芸を見て勉強してますからね。それと、声のレッスンをしてる。喉にかけてる費用が半端じゃない。
諏訪 : あんな十分以上にキャリアを積まれた方でも、レッスンに行って学んだりしてるんですか?
羽佐間 : 声に関してはずいぶんいろんな人に習いに行ってるよ。よく「高えんだよなぁ、あれ」なんて言ってます。
若本はこの前本を出していて(『若本規夫のすべらない話』、主婦の友社)、そのインタビューということで僕のところにも来たんだけど、その時もこう言ったんです。「若い人を否定してしまったら前がないよ。マイクの前に立ってる人から盗むんだ。先輩からも盗み、若い人からも盗み。要するにだ、俺たちの立場は盗っ人だ!」ってね。
新型コロナが変えた収録事情
羽佐間 : とかく人の芸を聞いて盗むことがとても大事なのですが、それをやり合うことが少なくなってきたのが現状。今、スタジオでは隣の人から盗む機会がない。
諏訪 : 新型コロナウイルスの影響で収録環境は随分変わりましたね。
羽佐間 : ビニールとビニールの間に挟まって「羽佐間さん、何時から何時までやってください」って言われて台本を一人淡々とで読む。会話シーンもなく、相手がどういう雰囲気で話しているのかも分からない。僕はこれは決してプラスになる環境ではないと思う。
諏訪 : みんなで掛けあいながら収録して、終わったらみんなで飲み会に行って、という以前の収録スタイルとは雲泥の差ですね。
羽佐間 : ただただスタジオでみんなと一緒にやりたいんだ、というのが願望ですね。じゃないと一つの作品が生まれないよ。今回の『マーダーズ・イン・ビルディング』の収録もコロナ渦中でしたけども、少なくとも林原めぐみと山寺宏一と僕の3人のところは全部一緒にやらせてくれと強くお願いをしました。スケジュールの調整も大変でしたが、揃うと全然違うんだよね。お互いアドリブもスッと出ちゃうような自然な雰囲気が醸し出せる。僕の希望は、今は実現が難しいのは分かりますけどね。今は3人だけですが、いずれまたみんなと一緒にやりたいですね。
声優に不可欠なもの、それは「好奇心」
諏訪 : ここまで、若い人へ向けたメッセージというよりは、若い人に対する側のメッセージを中心に伺ってきました。ここで改めて、若い人、今若手で活躍している声優や声優志望の人たちに向けた言葉をいただけたらと思います。
羽佐間 : そうだねえ、とにかく貪欲にものを見る、ものを感じる、そして心の中に留める、ということでしょうか。
諏訪 : それは羽佐間さんがされている「隣の人の技を盗む」ということにも繋がってきますね。
羽佐間 : スタジオで聞く同じ役者のセリフはもちろんですが、それだけでなく、本でも映画でも、邦楽も落語も的屋も太鼓持ちも、いろんな芸や言葉に興味を持って見聞きして、それを大事にしていく、ということです。
諏訪 : 言われてみれば確かに、今回のインタビューで羽佐間さんが寄席や弁士や若手声優など幅広く興味を持たれていて、それを自分に取り入れられていることが分かりました。大事なのは好奇心、ということでしょうか。
羽佐間 : 好奇心! まさにね。ちょっと隣を歩いてる人でも「何してるんだろう?」と思って見てみる、とかね(笑)。
諏訪 : そういう日常レベルから色んなものに興味を持つことが、表現者として大事なことなんですね。
アニメ制作が変われば声優の演技はもっと高められる
諏訪 : それでは最後に、今のアニメ業界や声優業界についてお考えなどをいただければと思います。いかがでしょうか?
羽佐間 : まずアニメの制作に関わることなんですが、今のアニメスタッフの方にこれだけは言いたいということが1つだけあるんです。それは「どうして画を完成させてからアフレコしないの?」ということです。経済的な理由なんでしょうか?
諏訪 : スケジュール管理を担う立場としては非常に責任を感じるご質問なのですが……それは主に時間的な事情によるものだと思います。
羽佐間 : それは埋めることができないことなんですか?
諏訪 : 実際、最近は時間的余裕を作る努力をしている作品も出てきていて、アフレコ段階で画が完成している場合も増えてきていると思います。
羽佐間 : この前やらせてもらった作品は画が全部できていました。それから比較的できていたのは、山ちゃんがやってた『(もっと!まじめにふまじめ)かいけつゾロリ』。『銀河英雄伝説』の三間(雅文)さんが音響監督やってて、めんどくさいからって俺にキャスティングしたんだけどさ(笑)。
諏訪 : 『銀河英雄伝説』からのご縁で『かいけつゾロリ』にも出られたんですね。
羽佐間 : 『銀河英雄伝説』の音響監督がマジックカプセルの明田川(進)さんで、 三間さんはその時アシスタントディレクターだったかな。
でね、アニメの吹替と映画やドラマの吹替との大きな違いは、音と画があるかないかということ。アニメの収録には画がないから、そのシーンがどういうシチュエーションなのか、どういう距離感なのかが分からない。遠くの人に声をかけるなら「おーーい!」になりますし、手前にいるなら「おい」です。もちろんディレクターが指示はしてくれるんだけど、実際に自分の目で見て「このくらいの距離だからこういう声でいこう」というイマジネーションは全く働かない。
吹替の場合は映像も音楽もできていますしSEもある。シチュエーションができてますから、涙を流す場面であれば涙が流れるようなドラマや音が既にあるわけです。いわば画竜点睛の最後の目を描き入れるって感じで演じられるんだけど、アニメの場合はそれがなく「はい、ここで涙!」と言われるようなもの。その感情の疎外感が役者をまっ平にしてしまって、感情の起伏を伝えることができない。
アニメの収録現場では多くの場合、何も描かれていない映像にセリフのある所にだけマークがポッポッポッと出て、それにあわせて演じますね。そうすると、必ず頭が高くなる。
諏訪 : セリフの最初、頭のところに力が入ってしまう、ということですね。
羽佐間 : 「ぼくはそうじゃない」「きみもそうだろ」という風に、頭に力が入る。「ぼくはそうじゃないんだけどなあ、きみもそう?」という自然な演技が本来あるべきなんだけども、全部頭が並んじゃう。山ちゃんにもこの前「山ちゃんあんたね、上のところが並びすぎるよ」って言って「そんなことないっすよ」って返されちゃったんだけども(笑)。
諏訪 : 山寺さんのレベルでもそういうことがあるんですね。
羽佐間 : 運動会のよーいドン! みたいな感じでセリフを言うようになっちゃう。本来であればセリフの直前には「んー」という声だったり溜めのような間だったりがあるはずなんだけど、アニメの収録ではそれがない。熊ちゃん(熊倉一雄)なんかは鼻が悪いからずっと「んー、んー」って言ってなきゃいけないから、よーいドンになるアニメの収録が嫌で嫌でしょうがなかったって言っていました。それをなんとか器用にやってるのがアニメの声優なんです。
諏訪 : ある意味で、声優の力に頼ってしまっている、と。
羽佐間 : 人間の感情を殺してしまうような作り方では個性の出しようもありません。先日深夜の女の子がいっぱい出るアニメに出演させていただきましたが、10人くらいいる女の子たちのどの子がどの声なんだか僕には分からない。ディレクターには分かっているようでしたが、もっと感情が表現できる環境であれば、個性が活きる演技もできるはずなんです。
アニメで人間の生理的なものを表現するのであれば、まず画を完成させてください。そして、役者らしい仕事をさせてください。そういうことは何度も言ってるんだけど、なかなかそうはならない。でもジブリなんかはできてるんだよね。この違いは何なんだろう? 経済的なものなんでしょうか?
諏訪 : ビジネス的な面はあると思います。現状一番大きな要因は、やはり制作本数が多すぎるということにあるかと思います。毎年300本近いアニメを作っていますから、アニメ界のビジネスに反旗を翻すようなことを言っちゃいけないのかもしれませんが、半分くらいでもいいのかもしれません。
羽佐間 : そろそろ製作委員会なんかでルールを作って、いい作品を作るためのルールを決めてもいいんじゃないでしょうか。最後に点を打つのが役者の仕事なんですから、そのポジションを明確にしてあげてください。どういうシチュエーションで誰に対して喋ってるのかを分かるようにしてあげてください、と思います。その上で演技が追い付かないのであれば、その役者の技術が足りないわけですから、そいつの責任です。そこが役者の領分だと思うんですよね。
声優で作品が選ばれる時代に
諏訪 : 今、声優という仕事の本質に関わるお話をいただきましたが、今度は今の声優業界、声優ブームについてもお考えをいただけたらと思います。
羽佐間 : 僕は不思議な現象だな、と思っています。たとえば実写の映画であれば、ある役者がスターになるためにはものすごい努力をして演技を作り上げていって、その結果(スターに)なるものじゃないですか。
一方、アニメの場合は運不運というものがすごく大きなところがある。というのも、アニメの場合多くは役者にファンがついているわけじゃなくて、絵の中の人、キャラクターの魅力にファンが付いて、そこに声優もいる、という感じ。まだその段階なんじゃないかな。
諏訪 : 固定のファンを多く集めている声優ももちろんいますが、確かに実写ドラマや映画で「この人の監督作品だから見てみよう」「誰それが主演だから見てみよう」というレベルで一般的に声優が注目されているわけではありませんね。
羽佐間 : 「羽佐間がやってるならこのアニメを見てみよう」ということがもっと普通になったなら、声優という仕事が次のステップに進んだことになるんだろうね。
僕ね、ダニー・ケイの『5つの銅貨』という映画のTV放送での吹替をやった時に、明くる日葉書が1枚届いたんだよ。山田康雄からの手紙で、そこには「お前、TVで泣かせるなよ」ということが書いてあったんです。
それが僕、嬉しかったんだよね。山田康雄なんてのは同じ仲間じゃない? 仲間がそう言ってくれたということで僕にとってはすごく勇気が持てて、誇りの一つになった。冥利に尽きるというか。『5つの銅貨』はすごくいい映画なんだけど、「お前がよかったよ」と言ってくれたように感じたんだよね。
諏訪 : 羽佐間さんにお手紙を送られたということは、そういうことですよね。
今回お話をいただいて、アニメ制作についても声優という仕事についても実現すべき次のステップがある、羽佐間さんにはそんな未来が見えているということが分かりました。長時間に渡るインタビューで貴重なお話をいただき、本当にありがとうございました。
羽佐間 : いえいえ。聞きたいことがあったらまた呼んでください。全部吐き出しますから(笑)。
(了)
取材・文:諏訪道彦
取材・構成:いしじまえいわ
撮影:成田剛
INTERVIEW インタビュー
聞き手:諏訪道彦
取材・構成:いしじまえいわ
撮影:成田剛(UNAP)
TVシリーズアニメーション『シティーハンター』や『犬夜叉』で、人生の苦楽?を共にしてきた先輩・植田益朗さんが、また何か大きなコトをやらかそうとしています。出会って36年、植田さんのとにかく前を向いて行っちゃおう思考の企画ブルドーザー手腕には、いつも目を覚まさせられる驚きを受けています。そしてまた今回もそれがやってきました。おそらく完成形は途方もないサイトになるでしょうが、まずはスタートにあたり、その行先を一緒に見つめていきたいと思います!
諏訪道彦(アニメ企画プロデューサー)